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2014.3.30(上記日付1990.5.15=データー整理上の過去の日付)
あれーー? 三宅さ〜ん!
逆光で顔が良く映ってないですょーー!! (笑い)
あれから、ウン十年、技術の進歩でこの逆光を元ネガなしで、、、
このジロの期間中、自分の目てきに一番楽しそうにしたいた人達
>> 日本のカメラマンの3人だった様な気がしています。
三宅さん、北中さん、砂田の3人
おかげで、自分も楽しく走れたと思ってます。 (感謝です。)
<グレッグ レモン>
ベルギーでも自分の住んでいた ワルゲン 近くコルテレイクに住んでいた。
「 Masaー! ブリッセルにいい日本料理店あるから行こぜー!」に始まり
風=無茶苦茶強し、グランド=おもいっきり荒れているのベルギー河川脇のゴルフ場に
「 Masa、お前ゴルフできるかー? ここで全英味わえるぜー!行こうぜー! 行こうぜー!!」
再三に渡り、ゴルフグランドのラブコールをくれた、グレッグ! ありがとうーー!(笑い)
猟銃事件からの復帰第1戦
確かオランダであったグレッグの為の40人前後のクリテリウム >> 自分は走らなかったけど、
スイスで一緒に住んでいたオーストラリアのホッジも呼ばれていたので、
復帰の祝福を兼ねて行きました。
のこのこと、選手の着替えている部屋に行くと
今亡きオランダ 個人T.Tスペシャリスト ヤン、オスターボッシュが、
「 勇敢なるバイクライダーのカムバックに敬礼ーー! 」
って、選手皆が彼に敬礼して、、、
そして、着替え始めるとグレッグの背中に無数の「 お灸 」の様な痕が、、、
言わずとも知れた散弾銃で打たれた「 弾痕の痕 ーーー!」
一瞬、着替えていた選手達に凍りつく様な沈黙が走ると、祝福コールの音頭をとった長老的な
存在だったオスターボッシュが、グレッグのそばによって背中を触って、、
「 お〜い! グレッグ、大変だーー!
まだ、ひと弾、ここに残っているぜーーー!!」
このひと声で控え室 「 大爆笑ー!! 」
自分的には、「 う〜えー! 」と思ったけれど、これで笑えない様じゃ、駄目なんですねぇ。
走る事 = 観客さんにレースを楽しんでもらう! を職業にしているプロ選手が、
湿っていてちゃー!! Outーーー!
レース >> エンターテーメント!!
1990年5月15日火曜日
Frank-Toyo Giro 1990 No.6
Index
Sugino Racigng Team 1985 No.1 (スギノ入社)
Mavic -Gitane-Loop Sorts 1986 No.1 ( Mavicチーム入り)
HItachi - Belgian Pro Team 1987 No.1 (プロ1年目/シーズンイン)
HItachi - Belgian Pro Team 1987 No.2 (87年サイスポ)
HItachi - Belgian Pro Team 1987 No.3 (日本の国内新聞)
Frank - Toyo Pro Team 1990 No.1 ( Giro de Italy /BC)
Frank - Toyo Pro Team 1990 No.2 ( Giro de Italy /BC)
Frank - Toyo Pro Team 1990 No.3 ( Giro de Italy/BC )
Frank - Toyo Pro Team 1990 No.4 ( Giro de Italy/CS )
Frank - Toyo Pro Team 1990 No.5 ( Giro de Italy/CS )
Frank - Toyo Pro Team 1990 No.6 ( Giro de Italy/CS )
Frank - Toyo Pro Team 1990 No.7 ( Giro de Italy/CS )
Frank - Toyo Pro Team 1990 No.8 ( Giro de Italy/CS )
Frank - Toyo Pro Team 1990 No.9 ( Giro de Italy/ BC )