My Profile
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2011.9.15 (上記日付1984.9.27=データー整理上の過去の日付)
84年のミチホチームは、何度か引っ越しはしたけれど、大方チューリッヒ近郊の東側に根拠地なる
アパートを借りていた。
週末=レースに行く
週の真ん中 水曜日 >チューリッヒ近郊の選手なら必ずトレーニングコースのひとつの入っている
「SATTELEGG」=サートレック に出動していた。
このレック(丘)を実際に日本語に書くとサッテルレックとなるけれど、そのまま言ってもスイス人の
誰にもわかってもらえない。
「サートレック」と発音した方が、ベター
ドイツ語 「レック」=丘
「パス」=峠
と言うことになっているが、確かに標高だけを見ると
チューリッヒ湖側 標高 460m
頂上トップ 標高 1190m
標高差 約730m程度です。
当時のトレーニング誌の書いてあるギヤレシオで行くと 42X22/24
そこに書いてある一番速いと思われるタイム 31分50秒 と32分を少し割った程度
毎週水曜日になると(週の真ん中の日=全開モードで行っていた)攻めていたサートレックは、
30分を少し切った記憶が確かにあるけれど、、、
かなりの時が、過ぎてしまった現在は、確かめる個人的な媒体もなければ、
現地で実際に確認する/できる「足」もない(笑い)ので、、、
最後にここを訪れたのは2年前の2009年 90年スイスのプロチーム「Frnak-Toyo」
で一緒に走っていた時のチームメイトのカリン、カールの家を訪問した時だった。
このサートレックを下った後に出てくるT字を右に行けば、チューリッヒ湖方面への一直線の
超高速下り! >90kmなんて簡単に出ます!! トレーニング時でも100km前後でゴッー!
左に行けば= Ibergereggと言うもうひとつのレック=(足の感覚的にレックも峠にします。)
と言う標高1406mの峠があるのだけれど、そちらの方向の手間の Studenと言う所に住んでいたので
ちょいと寄った事がある。
その際には小さなレンタカーでグイグイと言うか、ブイブイと言うか、ウー、ウー、ウーと上ったけれど
車を運転しながらサートレックに行く時に注意しなければ行けない=途中にある橋を右折して、、
ここからが、勾配的にものきつくなるあたり。 ここで、ふっと思ったことは、
「あいやー、ここ毎週水曜日に上っていたって、、」
これゃー、完全に頭いっちゃてるなぁ!?
車でもの大変なのに、、、 それこそ、次くる時は、恭資と森さんと来たい感じバイク持って、、
ふたりとも違った、3人とも足着かずに上れるのだろうかー? (笑い)
えーと、当時40x22とも24なので、現状で、、39Tの26、、いや、29Tあたりで、、
国内の峠と違って、「路面」が重いですねぇ!! 冬の雪の事を考えていて、、 ザラザラ系で、、
Sattelegg 入り口
看 板 緑色
= OPEN 開いてます/峠を通行可
看 板 赤色
= 下段の空白の囲いの中
冬=Close/赤文字出てきます
峠=通行不可になります。
ミチホチーム当時の様にチューリッヒからRappesrswil/ラパシスウィル
=チューリッヒ湖を半分に仕切った感じの橋の北側の町を経て
そして対岸の Paffikon〜Sieben=サートレックのボトムの町〜 Sattelegg
を自走って帰ってくるなんて、、、 3人とももう体力的にも精神的(コース知り過ぎて)にもとても
無理だろうから、、(笑い)
ウィリアムテルで有名なスイス発祥の地= SCHWYZあたりに宿取って
ツール、ド、スイスの上りの個人 T.Tで有名な Klausenpass/クラウセンパス(1697m )
をメインディシュにするか、、
それともその北側にクラウセンパスと全く同じ方向へ行く峠
地図上で左側から右側へ抜けるチューリッヒ近郊のバイクライダーでも知る人ぞ知る峠「Pragel峠」
を走って、きれいな画像と峠にやられてへたった自分の画像を取ってきて、ここを盛り上げてみたい。
チューリッヒ湖の中央より右側で湖を横断する端の北側/南側にあたる
北側 RAPPERSWIL 南側 Paffikon
Sattelegg峠入り口 Sieben
Galgenenから2cm程度右の標高446mのあたりですが、、、
スキャンから外れています。 すみません。
Ibergeregg (イベルグレック)
Satteleggをやって(上って)まだ、余裕があって気持ち的にもう少しやりたいなぁ!
と思った時に行く峠
SCHWYZの右下にある Muotathalから右上に上がる
Pragel pass=標高1550m
知る人ぞ知る スイスの隠れた?峠
普通の人は、登山道ととらえていますが、舗装されています。
道的には、車も行き来きできるツール、ド、スイスの上りの故人T.Tで有名なクラウセンパス同様に
地図上を右から左に走る峠
SCHWYZ(シュワィツ)側からだと峠の入り口が、かなりの傾斜なので、、
当時の自分で40x24とメモがあるので、現状で39x26(29?)用意して行けば、
取りあえず?何とかなると思う/なる予定!? (無責任ですが、、)
峠入り口の勾配? ゆうに20%越えています。
Muotathalから先で地図上で右上がりに走っていく道ですが、、
スイス製の10万分/1の地図でも道路標示
イエローのカントリロード表示 >「点線」に変わるバリバリの小道!
現地スイスで普通のバイクライダーに聞いても「そんな所に道ないョー!」
と言われるが、おちです。 上にも書きましたが、「知る人ぞ! 知る峠!」です。
スイス人も知らないスイスの峠も知っていた恐るべし当時のミチホライダー!?
「スイス人より(道を)知っている〜! 」 えー、この部分は、下記のテンポになります。
=>こうもりだけが、知っている〜!? (全然関係ありませんが、、)
スイスの峠きついので、、本当に体力的にへたって上れなくなる前に行きたいですーねぇ。
まぁー、将来的には、電動もあるか!
でも上までもつかどうかは、疑問/未知数
スキャンした地図もそれこそ当時使用していた古いうやつなので、、、もう少し新しい物を、、
と思ってました。 地名だけ並べていても現地知らない人には、ピンと来ないでしょうし、、
きちんとした地図をスキャンして載せる予定だったのですが、スイス国内でもこの手のきれいな
「紙の地図」の販売は、時代の流れからか? 終了していました。 ほーえー
何年か前にスイスの地理院で大枚をはたいてスイスマップのデーター買ったのにしばらく使わないうち
PC上で動かなくなりました。 これって、毎年毎年、お金払うのかなぁ?
今になって、どう言うシステムか聞いておくの忘れたー! って駄目ですょねぇ。
せっかくスイスで市販されているのと全く同じ感じのきれいな地図が、自分の手元でプリント
できたのに、、、
次にスイスに行ったら忘れずに確認しないと「モッタイない」気がします。
ま地図見ているだけで、「足いっぱい」になって来ました。走れるうち=峠を登れるうちに画像/動画
を取ってきたいです。
でも「取ってくる」と言うことは、この国に帰る/帰ってくるという事
=できることなら、少しの期間でも帰って来なくてもいい様な生活設計を考えて、、
3.11と原発事故で自分の頭の思考回路もだいぶ変わりました。
「どこへ行っても暮らせる様な物を身につける」=福島の先輩/後輩/友人たちが、必ず言うことば
まだまだのんきな関東人のひとりですが、 肝に命じておきます。
1984年10月27日土曜日
Team MITIHO 1984 No.6
Index
Team MITIHO 1984 No.1 (2度目のスイス)
Team MITIHO 1984 No.4 ( ツール、ド、ラヴィニール)
Team MITIHO 1984 No.5 (帰国/全日本実業団)
Team MITIHO 1984 No.6 (スイスで一番思いでのあるSATTELEGG峠 他)
Team MITIHO 1984 No.7 (当時の有名スイス選手達)
Team MITIHO 1984 No.8 (スイス=アルプスの峠)
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